教えてジェミー コントラクトブリッジとは その5 山本五十六元帥
その4から続く
先日のチャーチルの項で頂いたボンドさん、みかんさん、ミスマープルさんのリクエスト「山本五十六どうなっているの?」に応えて、ジェミーに訊きました。一寸長い回答ですが、断片的な知識がまとまったものになった気がします。残念ながらブリッジそのものに対する直接の名言は無いようですが、彼のブリッジ愛は伝わってきますね。
Q:山本五十六元帥がコントラクトブリッジについて語った言葉を教えて下さい
ジェミー:
大のギャンブル好き、そして勝負師として知られる山本五十六元帥(当時は海軍大佐や少将時代など)は、コントラクトブリッジをこよなく愛していました。
彼がブリッジについて語った言葉や、それにまつわる最も有名なエピソードをご紹介します。
●真珠湾攻撃の成功を祝う短歌への返歌
昭和10年代当時、日本のブリッジ愛好家たちが集まる「日本橋戦協会(ブリッジ=橋、から命名)」というクラブがありました。
1941年(昭和16年)12月の真珠湾攻撃の成功を受け、このクラブから山本五十六元帥へ、ブリッジの最高得点である「グランドスラム(グラスラ)」に掛けたお祝いの短歌が贈られました。
贈られた歌:
「雨風の師走の空も雲晴れて グランドスラム の心地よきかな」
(意味:真珠湾の大勝利は、ブリッジで最高難度のグランドスラムを達成したかのような快挙で、実に気持ちが良い!)
これに対し、山本五十六元帥が返した言葉(返歌)が、ブリッジのルールと当時の戦況を完璧に捉えた名言として今も語り継がれています。
山本元帥の返歌:
「グラスラ は、ほど遠けれど リダブリ て ジャストメイキ の心地こそすれ」
この言葉のブリッジ的な意味
当時の日本は、アメリカという巨大な敵を相手に戦争を始めたばかりでした。山本元帥は、この一戦が「簡単な完全勝利(グランドスラム)」などではないことを冷徹に分かっていました。
リダブリて(レッドブル/Redouble): 相手の「ダブル(倍」)に対し、さらに倍のペナルティを賭けて勝負を挑む超高リスクな宣言。
ジャストメイキ(Just Make): 余分なトリックは取れず、宣言通りのギリギリのトリック数で「命からがら契約を達成した」状態。
つまりこの言葉は、「グランドスラム(完全勝利)なんてとんでもない。アメリカという強敵相手に、リダブルがかかったような極限の大勝負を仕掛け、なんとかギリギリで最初の契約を達成(ジャストメイク)できた、というのが今の心境だ」という、勝負師としての凄まじい緊迫感と謙虚さを表した言葉なのです。
●なぜ山本五十六はブリッジを愛したのか?
山本五十六は、ロンドン軍縮会議の随員として渡欧した際なども、船内や現地で暇さえあればポーカーやブリッジに興じていました。あまりに強すぎて、同行した首席全権の若槻禮次郎の旅費を巻き上げてしまったという逸話や、英国首相のマクドナルドとブリッジやポーカーの腕前を通じて意気投合したというエピソードも残っています。
●彼がブリッジを愛し、軍人たちに勧めた背景には、次のような思想がありました。
「ブリッジは、限られた情報(手札)の中から、パートナーと通信(ビッディング)を交わし、確率を計算して最善の作戦を立てるゲームだ。これはそのまま、情報の不確定な戦場で、味方と連携して戦術を組み立てる海軍の指揮官戦闘訓練になる」
(※彼の言葉の本質を要約したもの)
彼は単にスリルを求めただけでなく、「論理的思考」「パートナーとの信頼と通信」「リスクマネジメント」という、近代戦に必要な要素がすべてブリッジに詰まっていることを見抜いていたのです。
(ポアロ)
その6へ続く
山本五十六が、ブリッジ好きとは知っていましたが、そんな短歌のやり取りまで教えてくれるとは、凄い‼️
返信削除そうそう、ブリッジは楽しむためのものですが、普段の生活の中に於いても思考を教えてくれるものと感じているこの頃。
ありがとう、ポアロさん。
ポアロさん、ありがとうございます。
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