投稿

8月, 2026の投稿を表示しています

詩情に流されて その④ 行き倒れ

 詩情に流されて  その④ 行き倒れ  病気や飢え、疲労、寒さなどが原因で道端で倒れたり、死んだりすること。法律や行政では「行旅死亡人」と呼び「身元が分からない又は引き取り手のない死者として扱う」最近では「引き取り手のない」多い。私には究極のロマンでもあります。普段から親族には言いたいことをズケズケと言い。財産などは今月生きる分しかなく、地域社会との縁を切り、病院からは拒否されて久しく孤独死していくのです。結構難しいかもしれません。 ブリッジでは、中途半端なハンドで HCP (点数)も中途半端それなのに、フィットするスーツも見つからないままパートナー同士で言いたい放題、レベルが上がりますがフィットがないまま NT をビッド。何故か一番嫌なところからオープンリード、見事なディフェンスでボロボロにされました。このまま倒れたままにしておいて欲しいものです。 (タツ)

詩情に流されて その③ 行き通う人

 詩情に流されて  その③ 行き通う人  「生き通う人もまた旅人なり」松尾芭蕉の「奥のほそ道」から、「誰もがこの世を旅人である」(時や人は絶えず流れる)とあり、相当の覚悟と俳句に対する思いがあったようにおもえます。 ブリッジでも、その時のパートナー、オポーネント、大会のメンバーさらにボードは「行き通う」のです。最善をやり遂げたい気持ちはあっても難しく。「好きなようにやることがベターなんだ。」と割り切ってしまうのは楽ですね。でも、やっぱり苦しくてもちょっとは悩みつつ前進したいと思います。 (タツ)

詩情に流されて その② 行き違いが生じる

詩情に流されて その② 行き違いが生じる 人間関係で認識のずれや誤解がおきること。見ず知らずの他人とでは起きないのです。ある程度以上の信頼や親しみが元にあり、ちょっとしたことなのですが、いえちょっとしたことだけに、両者が甘えた結果に生じるものと思われます。契約書を交わすとか、細かいマニュアルを作ることで社会は上手くいくのかもしれませんが。親しい仲、極親しい仲ではそれすら誤解を招きかねないものです。 ブリッジでのペアは慣れ親しんだ同士でも、ちょっとした齟齬が生じます。まだペア歴の短いうちは生じない、ないしは許せる範囲だったと思われます。生涯ブリッジをやり続けても、全く同じスチュエーションはないのでしょう。許容範囲が広すぎると上達しないでしょうし、狭すぎると上手く行かなくなる危険があるように思います。 (タツ)

詩情に流されて その① 行き合いの空

 詩情に流されて その① 行き合いの空 積乱雲がモクモクと湧き出る中、巻積雲(うろこ雲)が高いところ見られます。あれほど熱い日々がおわりそうです。一つの空に夏と秋が出会うのですが、儚ささえ感じます。  ブリッジでは、ゲームが取れそうな流れの中、オポーネントがオーバーコール、競っている状態となりパートナーはゲームをビッド。それなのに、さらにオーバーコール、ペナルティダブルをかけ、1ダウンさせたが、結果は最低。他のペアは5をビッドしメイクしたのが多くありました。夏真っ盛りでいくべきでした。 (タツ)

教えてジェミー ブリッジトリビア その4 ガーバー、マイケルズ

その3から続く  教えてジェミー ブリッジトリビア その4 ガーバー、マイケルズ その次に有名なコンベンションは?と訊いてみました。ガーバーとマイケルズ、確かにこれは必須ですね。 (ポアロ) -------------------------------------------------------------- Q:前出の3のコンベンションの次に有名なコンベンションは何? ジェミー: ジャコビー、ステイマン、ブラックウッドの3つは、ブリッジ界で「三大必須コンベンション」と言えるほど圧倒的な知名度を誇ります。 これらに次いで、世界中で広く使われている「次に有名なコンベンション」を挙げるなら、大きく分けて 「スラム(満点)用」 と 「守備(妨害)用」 の2つがあります。 1. ガーバー(Gerber)コンベンション ブラックウッド(4NT)が「エースの枚数を聞く」のに対し、ガーバー(4♣)はまったく同じ目的を「より低い代」で達成するために作られたコンベンションです。 考案者:ジョン・ガーバー(John Gerber, 1906–1981) どんな人?: アメリカ・テキサス出身の非常に陽気で、ブリッジ界から深く愛されたトッププレイヤー。本業は弁護士でした。 特徴・逸話: ノートランプ(NT)のビッドからスラムを目指す際、4NTでエースを聞くと、もしエースが足りなかった場合に5の代までビッドが上がってしまい、ゲームオーバー(失敗)になるリスクがあります。これを防ぐため、彼は「4♣」でエースを尋ねるシステムを開発しました。 彼は大変な人格者で、大会でマナーの悪いプレイヤーがいると毅然と注意する「ブリッジ界のご意見番」でもありました。 2. マイケルズ・キュービッド(Michaels Cue-bid) 相手が1番にビッドしたスーツをわざと真似してビッドすることで、「自分は残りのスーツのうち、特定の2つのスーツを両方とも5枚以上持っているぞ!」とパートナーに伝える強烈な 妨害・攻撃用コンベンション です。 考案者:マイケル・マイケルズ(Michael Michaels, 1924–1966) どんな人?: アメリカ・マイアミのプロ・ブリッジプレイヤーであり、天才的な理論家。 特徴・逸話: 彼は1950年代後半にこのシステムを開発し、ブリッジの戦術を「より攻...

教えてジェミー ブリッジトリビア その3 ブラックウッド

その2から続く  教えてジェミー ブリッジトリビア その3 ブラックウッド これも忘れてはいけない、スラムトライに欠かせないブラックウッド。当たり前のように使っていますが、当初は便利すぎてけしからんという横やりが入ったなんて面白いですね。 (ポアロ) その4へ続く ------------------------------------------------------------------------------ Q:コントラクトブリッジの有名なコンベンションの一つ、ブラックウッドを考案した人はどんな人? ジェミー: スラム(大量のトリックを取る高得点の宣言)を目指す際に、パートナー同士でエース(A)の枚数を確認し合う超重要コンベンション「ブラックウッド(Blackwood)」。 これを考案したのは、イーズリー・ブラックウッド(Easley Blackwood, 1903–1992)というアメリカの人物です。彼もまた、これまでの2人に負けず劣らずユニークな経歴と強烈な個性を持った人物でした。 イーズリー・ブラックウッドってどんな人? 1. 本業は超エリートな「保険会社のマネージャー」 ジャコビーが数理士、ステイマンが繊維会社社長だったのに対し、ブラックウッドは 大手保険会社(メトロポリタン生命保険)で30年以上マネージャーを務めたビジネスマン でした。 インディアナポリスの支社を統括する非常に優秀なビジネスパーソンであり、彼にとってもブリッジは当初「熱狂的な趣味」の一つでした。 2. 「世界で一番有名なコンベンション」をベッドの中でひらめく 1933年の夏、ブラックウッドは「十分に強い手を持っているのに、相手にエースを2枚即座に勝たれてスラム(12〜13トリックを取る宣言)に失敗する」という、ブリッジプレイヤー共通の悩みに頭を抱えていました。 ある夜、ベッドの中で悶々と考えていた彼は、「4NT(4ノートランプ)と宣言したら、パートナーにエースの枚数を答えさせるシステムにすればいいじゃないか!」と突然ひらめきます。翌日、さっそく地元のクラブで試したところ、完璧に機能しました。これが世界を変える「ブラックウッド・コンベンション」の誕生の瞬間です。 3. 「あまりに強力すぎて」一時は使用禁止の危機に!? このシステムはあまりに便利で強力だったため、またたく間...

お知らせ 北倶楽部ホームページからの一部コンテンツ移転

 最近になって知ったのですが、北倶楽部ホームページが残念ながら消失しております。 興味深いコンテンツが沢山あって、大いに参考にしてきましたので寂しい気がします。長い間どうもありがとうございました。 あらかじめコンテンツを移転してもいいよというお許しを得ておりますので、一部のコンテンツは、本ブログからアクセスできるように作業すみです。 ブログのメニューから「 リンク 」ページを開くとその中にダウンロードボタンがありますので、ご活用下さい。 念のため同じものを以下にコピーしておきます。 ■SAYC講習会資料(PDFファイルをダウンロード出来ます)  ・ 目次   前編   後編 ■ 2/1入門 SAYC から 2/1 へ(北倶楽部HPから移転)   ・ 第1章~第3章(PDF)   ・ 第4章(PDF) (ポアロ)

国字さまざま  その④  男偏に上/下(さかり)

国字さまざま   その④  男偏に上 / 下(さかり) またまたかってに作りました。運動能力・経済能力・知的能力・分別力 などにそれぞれ相当以上の経験と知恵が必要とされ、20歳や30歳位では「男さかり」とは言われないでしょう。 女性には「さかり」ないのか、私としては、「ない」のです。「灰になるまで」なのか「灰になっても」なのか。知的・運動が多少いやいや大幅に下がったとしても魅力が下がらない佳人が多いのです。 ブリッジではスラムトライやゲームメイクが刺激的ですが。それは「さかり」ではありません。大会が終了したときに上位ペアは正解をどのくらい取ったかと際どいディフェンスをオポーネントに食らわせたか。1ダウンにとどまったり、アップさせなかったりを的確に実施することがブリッジペアの「さかり」と思われます。 (タツ)

国字さまざま その③  金偏に上/下(金融市場)

 国字さまざま  その③  金偏に上 / 下(金融市場) かってに作りました。株式市場もそうですが、私には何故簡単に上がり続けるのか?と思いきやグンと下がるのか不思議なものです。でも多数の人々が参加しているのです。昔の競馬ではあまりに人気のある馬券は百円で買ったものが90円の配当になったことがあったそうです。そのほうが信頼できる気持ちがします。 ブリッジでも競り合いは起きます。バル・ノンバルの状態、ダウンとメイクの確立、ダブル・リダブルでの点数計算、等々をどれだけ冷徹に見極めるか。それとも競り合いに負けないことを幾らか優先するか?1回の勝ち負けがダメージを与えるか、競り負けがダメージとなるのか。たまりませんね。 (タツ)

国字さまざま その② 峠(とうげ)

  国字さまざま その② 峠(とうげ) 山に周囲を囲まれた我が国では、文句なしの表現ですね。「虹の彼方に」よりは「峠を越えたら」とか「峠の向こうには」のほうが幸せがありそうです。皮肉な考え方としては、山は上ったら、下るしかないとも言えます。 ブリッジでは、オープンリードかダミーがオープンし、そこで、ディクレアラーは最初の考慮時間、ウィナーかルーザーを計算、何度計算しても1つ~2つ足りない。あのスーツでこうやって、このスーツであーやって。どこが峠か、峠とするか。即ちどこかでオポーネントに回すことが最良と思えるときがあります。峠の向こうはただの下り坂か、幸せが待っているか。これだから止められません。 (タツ)

国字さまざま その① 裃(かみしも)

 国字さまざま その① 裃(かみしも) 上半身の肩衣(かたぎぬ)と下半身の袴(はかま)でセットの正装、麻が使われていることが多い。これを一字で表す傑作と思います。材和の服材は質正絹が最高級だが、麻でも越後上布は世界一高価な生地とされている。 ブリッジでは5-5ハンドを1回のビッドで表すマイケルズキュービットやアンユージュ アル2 NT。 切れ味の良い両刃のような傑作です。オポーネントにもすっかり筒抜けとなります。越後上布を着ているのはオポーネントなのか、私達なのか? (タツ)

教えてジェミー ブリッジトリビア その2 ステイマン

その1から続く  教えてジェミー ブリッジトリビア その2 ステイマン ジャコビーの次は当然ステイマンですよね。1NTに関するコンベンションとしてジャコビーとセットで入門時に教わり、以来ずっとお世話になるというやつですね。ポピュラーすぎてアラート対象にすらならない画期的な発明。でも知らなかった、ステイマンが発明者ではなかったとは。 (ポアロ) その2へ続く ------------------------------------------------------------------------------------------------ Q:コントラクトブリッジの有名なコンベンションの一つ、ステイマンを考案したステイマンはどんな人? ジェミー: コントラクトブリッジで「ブラックウッド」と並び、世界中の初心者が最初に習う超必須コンベンション「ステイマン(Stayman)」。 この名前の由来となったのは、アメリカのトッププレイヤーであり、実業家でもあったサミュエル・ステイマン(Samuel "Sam" Stayman, 1909–1993)です。 前述のジャコビーが「破天荒な天才ギャンブラー」だったのに対し、ステイマンは「極めて優秀で、誰からも信頼される紳士的なビジネスマン」という、非常に対照的な人物でした。彼の生涯と、このコンベンションにまつわる面白い歴史を紹介します。 サミュエル・ステイマンってどんな人? 1. エリートビジネスマンとしての顔 ステイマンはマサチューセッツ州に生まれ、名門ダートマス大学とそのビジネススクール(タック・スクール)を卒業した超エリートでした。 本業では繊維会社の経営者やポートフォリオ(資産)管理会社の役員として大成功を収めており、ブリッジはあくまで「アマチュア(本業ではないプレイヤー)」として続けていました。しかし、その実力は並み居るプロを凌駕していました。 2. 初代世界チャンピオンと数々の栄誉 1950年、ブリッジの世界選手権である「バミューダボウル」の第1回大会が開催されました。ステイマンはアメリカ代表チーム(当時は「ノースアメリカ」枠)の一員として出場し、見事 初代世界チャンピオン に輝いています。その後も同大会で3連覇を達成、全米タイトルは20回以上獲得し、1996年にはブリッジの殿堂入りを果たしま...

教えてジェミー ブリッジトリビア その1 ジャコビー

 教えてジェミー ブリッジトリビア その1 ジャコビー 知っているようで知らない、知ってもどうということはないが知れば面白さが増す、ブリッジトリビア。初回は毎度お世話になるジャコビートランスファーのジャコビーです。 (ポアロ) その2へ続く -------------------------------------------------------------------- Q:コントラクトブリッジの有名なコンベンションの一つ、ジャコビートランスファーを考案したジャコビーはどんな人? ジェミー: ジャコビートランスファー(Jacoby Transfer)を考案したのは、オズワルド・ジャコビー(Oswald Jacoby, 1902–1984)というアメリカの人物です。 彼はコントラクトブリッジの歴史において「史上最も偉大なプレイヤーの一人」と称されるだけでなく、あらゆる頭脳ゲームに精通した伝説的な「天才ゲームマスター」でした。彼の生涯は驚くほど破天荒で、多彩なエピソードに満ちています。 オズワルド・ジャコビーってどんな人? 1. 21歳で最年少の「保険数理士」になった天才数学脳 ブルックリンの裕福な家庭に生まれた彼は、幼少期から抜群の数学的才能を発揮しました。コロンビア大学を中退後、わずか21歳で当時最年少の若さで難関の「アクチュアリー(保険数理士)」の資格を取得。彼の確率論やデータ分析への深い理解が、のちのブリッジのシステム開発(ジャコビートランスファーなど)に大いに活かされることになります。 2. 暗号解読や数理分析の「人間コンピューター」 彼の頭脳は戦争でも重用されました。第一次世界大戦では15歳で年齢を偽って陸軍に入隊(本人は大半の時間をポーカーに費やしたと語っています)。 さらに第二次世界大戦と朝鮮戦争では海軍の対諜報活動や暗号解読官(クリプタナリスト)として従軍し、その驚異的な計算能力から「人間コンピューター」と恐れられました。のちにマサチューセッツ工科大学(MIT)で確率論の講義を行ったこともあります。 3. ブリッジ界の絶対的王者 1930年代に「フォー・ホースメン(Four Horsemen)」や「フォー・エース(Four Aces)」といった伝説的な最強チームの一員として、アメリカのブリッジ界を席巻しました。 ACBL(アメリカ・コント...

川柳もどき短歌もどき

イメージ
 川柳もどき短歌もどき 最近新しい方が参加されているので自分が習い始めの頃を思い出し いざ本番 忘れてしまった ステイマン (1NT→2C→?あんなに練習したのに…) ブリッジの 習い始めは トランプが 夢の中でも ぐるぐる回る (それがなかなか揃わないんだよ) Y生

浜松遠征(2026.8.1〜2)

 毎年浜松で開催されている全日本地域対抗選手権(8.1)と志村杯(8.2)に参加してきました。 北海道、東北、関東、関西、中国、四国、九州、東海の各ブロックから181名の参加でした。 3回目の参加になりますが、北海道リジョナル含め、お名前はともかくお見かけしたことのある方が多くなって、なんとなく嬉しかったです。北海道にゆかりのある方も結構いらっしゃって、お話も弾みます。 志村杯では、昨年とっぱじめに大負けした広島の方と再会して、笑い話! 成績はともかく、いろいろなコンベンションを見ることができたし、昨年よりはましになって(ブービーは逃しましたが)それなりに嬉しかったです。 こういう楽しみがあるのもブリッジの醍醐味ですね!

教えてジェミー コントラクトブリッジとは その14 サマセット・モーム

 教えてジェミー コントラクトブリッジとは その14 サマセット・モーム 今回は、巨匠サマセット・モームです。 (ポアロ) ----------------------------------------------------------------- 『人間の絆』や『月と六ペンス』で知られるイギリスの世界的劇作家・小説家、サマセット・モーム(W. Somerset Maugham, 1874–1965)もまた、非常に熱狂的で、かつ「容赦のない」コントラクトブリッジのプレイヤーでした。 皮肉屋で人間観察の天才だったモームは、ブリッジというゲームを通じて人間の滑稽さや本質を見抜き、辛辣で機知に富んだ言葉やエピソードを多数残しています。 サマセット・モームの言葉 1. 「ブリッジは、人生の後半において最高の慰めとなる」 「ブリッジは、人が老いたときに手に入れられる、最も価値のある気晴らしの一つだ。これさえあれば、孤独や退屈に苛まれることはない」 モームは晩年、南仏の別荘(ヴィラ・モーレスク)に多くの文化人を招いてブリッジに興じました。彼は「恋愛や肉体の若さが去ったあとでも、知性とスリルを提供し続けてくれるのがブリッジである」と語り、老後の人生を豊かにする重要なパーツとしてブリッジを高く評価していました。 2. 「カードの扱い方を見れば、その人間の『器』がわかる」 人間観察の大家であるモームにとって、ブリッジテーブルは格好の観察の場でした。 「人は、どれほど自分を偽ろうとしても、ブリッジのテーブルでは完全に裸にされてしまう。欲深さ、臆病さ、不誠実さ、あるいは気前の良さや冷静さといったものが、ビッドやプレイの一挙手一投足にすべて現れるからだ」 彼は、ゲーム中にパートナーがミスをした際に見せる態度や、負けたときの表情から、その人物の本当の教養や「器の大きさ」を測っていました。 容赦なさすぎるエピソード 1. 初心者の女性ゲストを泣かせる「厳しいホスト」 モームはブリッジのルールやマナーに対して 異常なほど厳格 でした。 ある時、彼の南仏の別荘に招かれた若い女性ゲストが、モームに誘われてブリッジの卓につきました。彼女はカジュアルな「お遊び」のつもりでしたが、モームは超真剣モード。彼女がビッドのセオリーを無視した悪手を打つたびに、モームは冷酷な眼差しで冷徹な批判を浴びせ...

教えてジェミー コントラクトブリッジとは その13 アガサ・クリスティ

 教えてジェミー コントラクトブリッジとは その13 アガサ・クリスティ そろそろこの辺で真打アガサ・クリスティに登場してもらいましょう。 (ポアロ) ----------------------------------------------------------------------------------------------- Q:アガサ・クリスティがコントラクトブリッジについて語った言葉とエピソードを教えて ジェミー: 「ミステリの女王」と呼ばれるアガサ・クリスティ(Agatha Christie, 1890–1976)もまた、コントラクトブリッジをこよなく愛し、自身の作品に重要な要素として何度も登場させた作家です。 彼女がブリッジについて語った言葉や、作品に絡む有名なエピソードをご紹介します。 アガサ・クリスティの言葉 1. 「ブリッジは、人間の本性と犯罪的傾向を暴き出す」 クリスティ自身が直接語った言葉、および彼女の分身とも言われる作中の名探偵エルキュール・ポアロのセリフに、彼女のブリッジ観が凝縮されています。 「ブリッジをプレイする姿を見れば、その人間のすべてがわかります。どのようにカードをビッドし、どのようにプレイするか……そこには、その人の心理、注意深さ、あるいは大胆さといった『人間の本質』がすべて現れるのです」 彼女にとってブリッジのテーブルは、人間観察の宝庫であり、同時に「誰が嘘をつき、誰が犯罪に手を染めるような性格か」を見極めるための最高のリトマス試験紙でした。 ミステリの女王ならではのエピソード 1. まるごと一冊「ブリッジ」がテーマの傑作『ひらいたトランプ』 クリスティのブリッジ愛が最高潮に達しているのが、1936年に発表された名作小説『ひらいたトランプ(原題:Cards on the Table)』です。 物語は、怪しげな富豪シャイタナ氏が、4人の「未解決の殺人容疑者」と、4人の「探偵(ポアロ、レイス大佐、バトル警視、オリヴァ夫人)」を自宅に招き、2つの部屋に分かれてブリッジのゲームを始めるところからスタートします。ゲームの最中、別室で一人椅子に座っていた主催者のシャイタナ氏が何者かに刺殺されてしまいます。 「スコアカード」が唯一の犯行の証拠: 犯行時刻、4人の容疑者は全員が同じテーブルで熱狂的にブリッジをプレイしてい...

脱線話題 トウキビ皮付きレンチンのすすめ

 脱線話題 トウキビ皮付きレンチンのすすめ トウキビ(道産子はトウモロコシではピンとこない)が旬になってきましたね。スーパーで道産品税抜き98円というのも出てきて、これから地元の露地ものが本格化するにつれ値段も手頃でどんどん美味しくなってくる季節。 道民なら毎日食べたいトウキビ、どう調理していますか? 我が家のトウキビ担当の私は、色々試行錯誤して、皮付きレンチンにたどり着きました。焼きトウキビの味を求めて、焼き芋クッカーを流用したりしましたが、味は抜群なれど手間が大変で挫折。とはいっても茹でトウキビの食感では満足できない。 で、レンチンというわけです。ラップは水分がこもるので今一つ。 皮付きでやる といい感じに水分が抜けて旨味が凝縮し焼きトウキビの味に近くなる。お試しあれ。 なお、私の場合600W6分/1本でやっています。また皮付きにするもう一つのメリットは、生のままで保存が効くということ。皮付きの状態で新聞紙にくるみ、ポリ袋に入れて冷蔵庫貯蔵すると1週間はもちます。特売時にまとめ買いして、毎日1本チンするというようなことが簡単にできます。 以上、スーパーのトウキビ売り場で、ほとんどの人が皮をむいているのを目撃し、勿体ないなあと感じたので、大きなお世話ですがご紹介した次第です。 (ポアロ)

四国八十八ヶ所

  四国八十八ヶ所 四国八十八ヶ所(因んだものは札幌円山にも)11 × 8なのか、四国4県に点在する寺院を巡拝する。全工程(発心・修行・菩提および涅槃の道場)を巡ることで煩悩が消え、願いが叶うとされています。(西国三十三ヶ所は11 × 3なのか?) 11番 藤井寺 「厄除け薬師」② 22番 平等寺 「万病に効く霊水」     33番 雪渓寺 「鎌倉仏像の宝庫」④ 44番 大宝寺 「山門の大わらじ」  55番 南光坊 「四天王が四方を守護する」 ⑥ 66番 雲辺寺 「千手観音菩薩座像」 ⑦ 77番 道隆寺 「目治し薬師、星曼荼羅図」⑧ 88番 大窪寺 「結願所、女人高野」があります。 ブリッジではハンドに11点ある時の対処方法は状況次第。 ディーラーポジション(ファーストポジション)では、12点なければパス又は6枚以上スーツがあればウィークオープンも考えるがパス。 セカンドポジションでは、前の人がパスなら、やっぱりパス。前の人がビッドしたら良い5枚スーツでオーバーコールしたい。 サードポジションになると、前2人がパス・パスでも20のルール(5枚と4枚以上スーツが2つあれば、11 + 5 + 4=20)を使用しビッドする。パートナーは12点未満なのですが、9枚フィットでダミーポイントも加算出来ればゲームも夢ではない。 フォースポジションになれば、前3人がパスとなると考えることが増えます。パスするとパスアウトとなりこれが良い結果となるかもしれません。15のルール(スペードの枚数 + 点数が15以上)を使ってビッドすることもあり。 いずれにしても12点以上でオープニングビッドする歴史的にはまだ浅く、13点以上の方々もいらっしゃいます。そのうち11点も条件付きでよくなるかもしれませんが?それもパートナー同士の信頼関係が一番なのでしょう。  オポーネントがビッドしたスーツにマイケルキュービットないしアンユージュアル2 NT をオーバーコールビッドして、5-5ハンドをパートナーに知らせたいことがありますが、オポーネントにも丸見えになってしまいます。11点あれば普通にオーバーコールを考えたいところです 良い6枚スーツがあり、他のメジャースーツは3枚以下、ボ...

教えてジェミー コントラクトブリッジとは その12 アイゼンハワー

 教えてジェミー コントラクトブリッジとは その12 アイゼンハワー JCBLのX にアイゼンハワーが熱狂的なブリッジ愛好家だったとの話題が載っていて、もう少し深堀したくなってジェミーに訊きました。 (ポアロ) ------------------------------------------------------------------------------ Q:アイゼンハワーがコントラクトブリッジについて語った言葉とエピソードを教えて ジェミー: 第34代アメリカ大統領であり、第二次世界大戦時の連合国最高司令官でもあったドワイト・D・アイゼンハワー(Dwight D. Eisenhower, 1890–1969)もまた、歴史に名を残す筋金入りのブリッジプレイヤーでした。 元々はポーカーの達人でしたが、若き日に軍の仲間からあまりにお金を勝ちすぎて気まずくなったため、ポーカーを辞めてブリッジに転向したという経歴を持っています。彼のブリッジにまつわる言葉と、軍人・大統領ならではの強烈なエピソードをご紹介します。 アイゼンハワーの言葉 1. 「映画を見に行くくらいなら、ブリッジをしている方が何倍もマシだ」 “I’d rather play bridge than go to the movies.” 彼はエンターテインメントとしてのブリッジを深く愛していました。激務の中での最大の娯楽であり、ホワイトハウスにいる間も、週末の夜は映画上映やパーティーよりも、気心の知れた仲間とのブリッジの時間を最優先に確保していました。 2. 「ブリッジは、人間の『プレッシャー下での判断力』を測る最高のテストだ」 アイゼンハワーはブリッジを単なる遊びではなく、軍人としての資質を見極めるためのツールとして捉えていました。 「カードの配られ方という『与えられた状況』の中で、いかに冷静にリスクを評価し、パートナーと連携して目的を達成するか。それは 戦場でのコマンド(指揮)のシミュレーションそのものだ 」という趣旨の哲学を持っていました。 軍史に残るブリッジ・エピソード 1. 司令部スタッフの隠された採用基準は「ブリッジの腕前」 第二次世界大戦中、アイゼンハワーが率いる最高司令部のスタッフ(将校)に選ばれるための「不文律の条件(裏の採用基準)」は、ブリッジがまともに打てることでした。 ...

教えてジェミー コントラクトブリッジとは その11 鄧小平

 教えてジェミー コントラクトブリッジとは その11 鄧小平 前出の 上海のブリッジ事情 が出たところで、そもそもなぜ中国がブリッジ大国になったのか?を理解するには鄧小平の話は欠かせませんので、そこのところをジェミーに訊きました。 (ポアロ) ----------------------------------------------------------------- Q:鄧小平がコントラクトブリッジについて語った言葉を教えて ジェミー: 中国の最高実力者であった鄧小平(とう しょうへい, 1904–1997)は、筋金入りの「ブリッジ狂」として世界的に有名です。激動の中国現代史を生き抜き、最高指導者となってからも、週に数回は数時間にわたって卓を囲み、90歳を過ぎて体力が衰えるまでプレイを続けました。 彼がブリッジについて語った言葉や、その哲学を示す有名な逸話をご紹介します。 1. 「ブリッジをすると、私の脳は完全に休息できるのだ」 これが鄧小平のブリッジに対する最も有名な言葉(哲学)です。 国家の運命を左右する凄まじい政治闘争や激務のなかにあっても、彼はブリッジのテーブルにつくと政治の話を一切しなかったと言われています。 「政治のことを考えていると脳が疲れるが、ブリッジをしているときはカードの計算だけに集中できる。だから 私にとってブリッジは、脳を最もリフレッシュさせる最高の休息法なのだ 」と語っていました。彼の驚異的な長寿と政治的生命の長さは、ブリッジによる脳の切り替えがあったからこそと言われています。 2. 「(私の強みは)2つのことだけだ。一つは耳が良いこと、もう一つはブリッジが上手いことだ」 1980年代、鄧小平が外国の要人やゲストを歓迎する席で、自身の能力についてユーモアを交えて語った言葉です。 耳が良い(他人の意見をよく聞く)という政治家としての謙虚な姿勢を示しつつ、それと同列に「ブリッジの腕前」を挙げたところに、彼のブリッジに対する並々ならぬ自信と愛着が表れています。 3. 「カードを見れば、その人間の本当の頭の良さと性格がわかる」 鄧小平はブリッジを通じて、人間の本質を見極めていました。 彼は「ビッドやプレイの仕方に、その人の論理的思考力、決断力、そして困難に直面したときの冷静さ(あるいは臆病さ)がすべて現れる」と語っていました。実際に彼...

ヤミ その④ ムヤミ(無闇・無暗)

 ヤミ  その④ ムヤミ(無闇・無暗) 漢字で書くことが多いのですがどちらも当て字です。「深く考えずに行動したり」「程度が甚だしくて分別がつかない状態」「度を越して~」のように使われます。 一番「ヤミ」が深いのかもしれません。ごくまれに「惚気」で使われることもありますが「むやみやたらと」は一番嫌われることなのでしょう。 ブリッジでは、味方の失策や、オポーネントのミスも許せず、さらに自分の失敗も許せず「ついつい、声を大きく指摘してしまいます。」決して悪気はないのですが(そう思いたい)。その際はデレクターを静かに呼ぶ(カードを掲げる)以外は大会後にしましょう。 でも、なにせ「深くて暗いヤミ」ですから、そこから抜け出せている人達は超上級者に違いありません。 (タツ)

ヤミ その③ ナヤミ(悩み)

 ヤミ  その③ ナヤミ(悩み) 「若き日の悩みが尽きることがない。」と言われますが、成人し、さらに後期高齢者になっても「増えこそすれ減ることはない。」のでしょうか、悩む内容は変わってもその人個人にとっては「深いヤミ」が存在すると思われます。呑気そうに見えても、他人事は分かりません。 ブリッジでは、ディフェンス側になったときパートナーのビッドがダブル1回きりだった。ほぼ0点の私としては「深いヤミ」が横たわる。 彼が待っているのはアンビッドスーツのどれかだろうか?3 NT で決まり。私がオープンリード、2つのスーツにまで絞れたが私の枚数の多いほう(4枚)か少ないほう(3枚)がよいか、悩みは尽きることがない。 (タツ)

ヤミ その② コヤミ(小止み)

  ヤミ その② コヤミ(小止み)  雨や雪などの降り続くものが少し間だけ降りやむこと。を言いますが、実際には不思議なことなのです。あとであの時は「小止み」状態だったと分かりますが、表に出たら、降りが鋭くなることもあり。そのとき、もう一度戻るには、勇気がいることが多いのです。 何人かいるお客さんの中では、最後になるのがラッキーかアンラッキーかを判断ができる人は優れています。間違う方は「ヤボ」と言われます。 ブリッジでは、コヤミなくプレイに集中出来れば良いのですが、まだ方法が見つかりません。ついつい、アナーカードとトランプスーツに目が行ってしまい。エスタブリッシュしたつもりのスーツの「9とか8」が出たかどうかなどはコヤミ(小さい闇)状態です。 (タツ)