教えてジェミー コントラクトブリッジとは その15 イアン・フレミング

その14から続く 

教えてジェミー コントラクトブリッジとは その15 イアン・フレミング

みんな大好き007のイアン・フレミングです。サマセット・モームとの交友があったとは知りませんでした。

(ポアロ)

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Q:イアン・フレミングがコントラクトブリッジについて語った言葉とエピソードを教えて

ジェミー:

『007』シリーズの生みの親であるイアン・フレミング(Ian Fleming, 1908–1964)もまた、非常に冷徹で計算高い、洗練されたコントラクトブリッジのプレイヤーでした。

第二次世界大戦中にイギリス海軍情報部(MI6の前身など)でスパイ作戦に関わっていた彼は、ブリッジを「極限の心理戦」として捉えており、その経験と愛着は小説『007』の世界にも色濃く反映されています。

イアン・フレミングの言葉

1. 「ギャンブルのなかで、ブリッジだけが『知性の聖域』である」

フレミングはカジノのバカラやルーレットなども愛したギャンブラーでしたが、ブリッジに対しては別格のリスペクトを抱いていました。 「ルーレットやサイコロは単なる運や確率の奴隷だが、ブリッジだけは『自分の知性、記憶力、そして相手の嘘(ブラフ)を見破る心理戦』で運を支配できる。 だからこそ、最もエキサイティングで気高いのだ」という趣旨の言葉を遺しています。

2. 「カードの切り方を見れば、その男が信用に足るスパイ(あるいは悪党)かどうかがわかる」

彼は「ブリッジのテーブルは、人間の隠された本性や『冷酷さ』が最も美しく、あるいは醜く露呈する場所だ」と考えていました。緊迫した局面で、相手を騙すためにどのようなリスクを取るか、その一挙手一投足にスパイ小説のインスピレーションを得ていました。

スパイ作家ならではのエピソード

1. 007の傑作『ムーンレイカー』での「伝説のブリッジ対決」

フレミングのブリッジ愛が最高潮に達しているのが、小説『007 ムーンレイカー』です。物語の前半、ジェームズ・ボンドはロンドンの超名門紳士クラブ「ブレード・クラブ」に呼び出されます。目的は、産業界の巨頭であり実はナチスの残党である悪役ヒューゴ・ドラックスが、ブリッジでイカサマ(リフレクションと呼ばれる、タバコケースの反射を使って相手の手札を見る手口)をして勝ち続けているのを暴き、破滅させることでした。

ここでボンドは、「歴史上最も有名な架空のブリッジ・ハンド」と呼ばれる伝説的なプレイを披露します。 ボンドはドラックスのイカサマを逆手に取り、あらかじめカードの並び順を仕込んでおいたデッキ(スタック・デッキ)を投入。ドラックスに「これ以上ない最高の配牌」だと思い込ませて大勝負(7ネチュラルのグランドスラム)に誘い込み、ボンドが見事なディフェンスとプレイングでそれを完全に粉砕、大金を巻き上げるというシーンです。 この描写のあまりの緻密さと緊迫感は、世界中の本物のブリッジプレイヤーたちから「カードゲームを描いた文学の最高峰」と絶賛されました。

2. ロンドンの超名門「ポートランド・クラブ」の会員

フレミングは、世界で最も古く、コントラクトブリッジの「国際ルール」を策定する権威でもあるロンドンの「ポートランド・クラブ(Portland Club)」の正式会員でした。 ここではイギリスの政財界のトップや貴族、元スパイたちが集まり、静寂の中で高額なレートのブリッジが打たれていました。彼はここで日常的に緊迫したゲームを楽しんでおり、その格式高い雰囲気がそのまま『007』の紳士クラブのモデルになりました。

3. サマセット・モームの別荘での「インテリジェンス・ブリッジ」

前述の通り、フレミングは年の離れた大作家サマセット・モームの南仏の別荘によく招かれ、ブリッジをプレイしていました。 モームもかつて第一次世界大戦時にイギリスの秘密情報部(MI6)の熱心なスパイとして活動していた過去があったため、二人のブリッジは、たんなるカードゲームを超えて「元スパイの知性派同士による、一言も無駄な口を利かない冷徹な心理戦」独特の空気が漂っていたと言われています。

イアン・フレミングにとってコントラクトブリッジとは、「ジェームズ・ボンドというキャラクターに、イギリスの紳士としての気品と、スパイとしての冷徹な知性を同時に与えるための、最高のガジェット(小道具)」だったのです。



コメント

  1. 007シリーズ、大好きです。
    インテリジェンスとしてのブリッジ、憧れます。

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  2. 若くて可愛い(?)頃、お正月といえば、007の封切り観に行ってました。
    丸井今井の近くの帝劇?でワクワクしてました。
    ギャンブルと一緒にはしてほしくないような、、、、

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  3. 2人ともカッコいいですねー。

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  4. ☕ 懐かしいですね!007シリーズの第1作「007危機一髪」、この映画には驚きました。スゴい映画だと思いました! そして、この映画が、ハリウッド製ではなく英国ものであったことにも⁉️。☕ 当時、私は高校生で映研(映画研究部)に所属していました。
    時々、タダで観ていました。その頃からのクセであります現実逃避とベンキョウ嫌いが抜けていません。☕ ボンドさんがしていたトランプゲームがブリッジだったんですね!

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  5. ☕ 訂正します! 007シリーズで最初に公開されたのは「007は殺しの番号」 だったと思います。
    ごめんなさい、😣 ☕

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    1. 映画狂がここにもいたとは。私も封切館は無理だったので、場末の2本立て映画館を巡ったものです。
      007第1作の「007は殺しの番号」は後に原題に合わせ007/ドクター・ノオと改題されています。007シリーズの第2作「007危機一発」(一発は秀逸なコピーとして当時話題になりましたね)もやはり原題に合わせ「007/ロシアより愛をこめて」と改題されています。
      ポアロ


      (旧題: 007は殺しの番号)

      Dr. No

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