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教えてこのボード@火曜例会(2026.9.29) 質問募集中

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  皆さん、本日の例会はいかがでしたか? 今年度上期の最後の火曜例会、7テーブルと盛況でしたね。みかんさんのリクエストにより、久しぶりの「教えてこのボード」コーナーです ところが自転車で帰るもんですからお天気が気になって焦ったためトラベリングを貰うのをわすれてしまいました。ごめんなさいね。そういうわけで今回はハンド表だけを頼りにお願いします。お手元のトラベリングも参照しながら質問をお寄せください。 貴方の知りたいボードと質問ポイントを教えて下さい。この記事の コメント欄、またはメール sbc.askme@gmail.com  でお願いします。   (ポアロ)

ぽん その4 ポンポン

 ぽん その4 ポンポン  チアや応援で使われる「ポンポン」( pompon )フランス語。 赤ちゃん言葉(親などが使う)「ポンポン」はお腹のこと。 タヌキの腹鼓の擬音語「ポンポン」は聞いた人がいない筈なのに信じられている音。  「ポンポン」は単純で安価なのに彩も良く、激しく動かせることでアッピール効果抜群。多人数でより効果あり。  ブリッジの大会も大きなものほど壮観なものです。4人テーブルがいっぱいのあまり類を見ない競技。各テーブルでは中身の違うゲームを静かにそして激しく頭を使っているのです。  大会も後半位になると頭の中はミルク飲んだ後のお腹状態の「ポンポン」です。叩いても鼓には程遠い状態ですが。やはり魅力的です。 (タツ) 追記 写真1:初心者向けの大会風景 写真2:ローカル大会 写真3:国際大会

ぽん その③ ポントチョウ(先斗町)

 ぽん その③ ポントチョウ(先斗町) ポント( ponto )はポルトガル語で「先端」「端」のこと。「富士の高嶺に降る雪も京都先斗町に降る雪も、雪に変わりがあるじゃなし、溶けて流れりゃ皆同じ」となる。反発したくなるような、なるほどと思いたくなるような文句です。  長いシークエンスのスーツからリードはどうしたらパートナーに伝わり、利用してもらえるでしょうか。「フォースベスト」か「トップオブシークエンス」か溶けて流れるようなスーツなら選択事態が間違いかも。それぐらいなら「トップオブナッシング」だったかも? (タツ)

ぽん その② ポン酢

 ぽん その② ポン酢  オランダ語のポンスから(さらにサンスクリット語の「パンチャ」(五))5種類の素材が使われていた。使われる柑橘はゆず・かぼす・すだち・れもん・だいだいなど。 佐藤春夫の「秋刀魚」使われるのはどれのことでしょう?  ポンカンはインドの「プーナ」から来た柑橘、デコポンはその派生。柑橘類は紀州ちかくでは種類もシーズンも値段も多種多様です。  酸味のある食べ物はある意味大人の味です。本来動物は甘味のある熟したのを受け入れ、苦味や酸味は未熟や毒性として、食べないことで健康を守ってきた筈ですが、味覚の発展とともにこれらも嗜好されてます。  ダブルやリダブルは酸味や苦味を放ち、いまだ上手かつ美味しく食べられません。未だに激しい毒を放ち仕掛けてきたり、仕掛けそこなってうまうまと食べられたり、紀州人とは会話が弾みません。 (タツ)

ぽん その① ポンユウ(朋友)

 ぽん その① ポンユウ(朋友)  中国語で同門の友、「ポン引き」はこの派生か?「ポンチ画」は明治時代の「ジャパン・パンチ」(英語)の風刺画から。なんとなく軽いノリが感じられるが。もともとの洞門の友の意味では、親友よりは幅広い付き合いだが、誘われれば断れない雰囲気がある。  ブリッジでの1 S オープンに対して2 S のレスポンス、ちょっとの余裕からか3 S のリビット、ここは誘われたまま4 S とするか否か。また1 S に対して3 S のレスポンスには4 S にいくか否か。これがオポーネントが間にオーバーコールがはいると S の場合4まで競ってしまいます。これが H だとちょっと違います。4まであげて相手が上げたらダウンを安全に狙うことも考えてしまいます。「ポンユウ」か「ポン引き」か? (タツ)

あら その④ あらあら(感嘆詞)

 あら その④ あらあら(感嘆詞)  意外なことや、思いがけないことに驚いたり・呆れたり・感心したりした時に出る言葉。 使い方や微妙な表現方法によりもっと多様に変化せているようですが、使い慣れた方々には解りあっているかのようです。上級者の「あらあら」は下級者の使い分けが出来ていないことへの批判も含まれているようです。  ブリッジで「1 C 」は色々な意味とニュアンスが含まれていますが。上級者の「あらあら」は「パス」は同意する・耐える・狙うなどの他、色々な意味がありそうですが、まだ片言段階です。 (タツ)

あら その③ アラサー(英語)

 あら その③ アラサー(英語)  アラサー・アラフォー・アラヒフはよく使われますがそれ以降は高齢者と後期高齢者に区分され十把一絡げ(じゅっぱひとからげ)の扱い。でも悩みや苦労そして楽しみも個々それぞれ、出来ていた状態から比較するとピークの前後は、周りからや自己の期待から辛いものだと思われます。愛猫が年を取り(20才越え)ある時それまで自分で上がっていたソファーにあがれなくなりましたが、落ち込むどころか、ずっと前から上がれなかったかのように私に「上げろ」と命じるのです、しかも甘えているわけでもありません。私も見習うことにしました。いい先輩です。  ブリッジのビッデイングでパートナー同士の合計点が30前後の場合、状況をどう伝えるかによってそしてどう判断するかが勝負を決します。まだまだですが楽しみでもあります。 (タツ)

あら その② アラ(魚偏に荒と書かれる魚もいますが、ここは魚のアラ(粗))

 あら その② アラ(魚偏に荒と書かれる魚もいますが、ここは魚のアラ(粗))  魚を三枚におろし残った、骨・鰭・頭・鰓・内臓などは捨てられることも多いのですが。鮮度の良い鮭・鯛・鰍などは鍋ですよね。絶品。人のアラ(粗)探すとも使うので刺身や切り身にできる部位からはアラなのでしょう。でも美味しい。多分、人のアラも美味しいのかもしれません。  各スーツに分け、ポイントとバランスを見分けます。刺身になりそうなスーツがあったり、パートナースーツのサポートがしっかりしたり、肝(シングルトンやボイド)が良かったりは大切にされます。しかしアラ状態(5ptsもなく、サポートなく、シングルトンもない)見捨ててはいけません。ものすごく美味しいかもしれません。8・9・10等は以外としゃぶると美味かも。

あら その① アッラー

 あら その① アッラー アラビヤ語 神のこと いずれの神仏も信じることで救われることが多いのでしょう。その時々で異なるものを信じたり、誰にでもついていきたくなる私は無宗教なのでしょうか?多宗教なのでしょうか?ただのアホとも思われます。  超膨大な可能性に満ちたブリッジでは、ある程度、スチュエーションや状況(バルなど)を区分整理してビッデイング方法を考えますが、最も影響力のあるパートナーと自分の調子への付き合い方は絶妙です。それでも冷静に論理的に評価判断することが大切に思われます。しかし、いざゲームが始まると。高すぎたコントラクトは勿論ですが、低すぎた時の悔しさはそれを上回ります。常にブリッジの神が見ているのでしょう。この神は決して善悪に捕らわれず楽しむようです。 (タツ)

川柳もどき短歌もどき

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 川柳もどき短歌もどき 今回のテーマは「マナー」です 手が悪く カードをポイと 投げすてる (どんな時でもカードは静かに置きましょう) 遅いよと 口には出せず 咳ばらい カードたたんで 窓の外見る (あれ?コントラクト何だったっけ) (Y生)

悪路 その④ 舗装道路

 悪路 その④ 舗装道路 アスファルトやコンクリートで舗装された道は何の支障もなく、いくらでも歩けると思われがちですが、長距離マラソンや歩行会などの参加選手達はその後半に歩道が舗装されていない道が並行してある所ではそこを通過するそうです。車や自転車では感じられないことですが、祖先が裸足で草原などを走り回っていた機能が今も生きているのでしょうか? 舗装道路は長距離歩行には向かない悪路です。  「安心して下さい」ブリッジの道は決して舗装道路ではないようです。どんなに慣れたシステムを使って、見慣れてたスチュエーションのように思えてもパートナーや相手が変わる度に、未舗装の荒々しい道になってしまいます。 (タツ)

悪路 その③ 水たまり道

 悪路  その③ 水たまり道 凸凹道に更に雨が降り水たまり道となった、時折通る車の所為か水は濁り深さも判明し難い。長靴でならジャバジャバと行く手もあるけど見知らぬ道ではそれは危険です。でも 夜は、水が白く見えるので結構歩きやすいのです。  悔しい思いをするのがスラムトライが出来なかったこと。あとでボードを見返すと、「なんで」と思います。水たまりの怖さに負けて、道を避けて通らないことの多さから、いろいろなシステムが生まれているのでしょう。しかし、経験の豊富さとパートナー同士の信頼度の高さがペア競技の真の強さとなるのでしょう。 (タツ)

悪路 その② 凸凹道

 悪路  その② 凸凹道 古い無舗装の道、車は時々埃を舞いたてながら通るが人通りは少ない。日中はまだ何とかなるが日が暮れると、懐中電灯程度では余程慣れていないと無傷では辿り着けない。それでもその先に佳き人が待っているなら、多少の凸凹も厭わぬものでしょう。 セミバランスハンドで1 NT ビッド、パートナーは2 NT をレスポンス、ミニマムハンドではパス、オープンリードからダミーのオープン。絶句、真っ青、穴だらけそれも深い。投げ出したい気分から立ち直り、5ウイナーからあと3つ、いやいや、ここは冷静にあと2つを目指し、何とか1ダウンで納めたいと、深い凹を避けた。 (タツ)

悪路 その① 下り坂道

 悪路 その① 下り坂道 新春恒例、箱根駅伝では上り坂と下り坂のエリートがいる。平坦な道でも競技となると難しいものでしょうけれど。坂道で圧倒的な力の差を見せる選手は見ているだけで感動と興奮を覚えます。 スピードが付きながらも自己制御力と自己限界を見極める下り坂は、ビッデイングでスムーズにメジャーフィットを見出したゲームコントラクトに似ている。オープンリードからダミーがオープン、そこで考慮、ルーザーは4つあるが、我に秘策あり、スムーズ12トリック目でゲームを達成し気楽な気分で最終トリックをオポーネントに譲った。しかしそれが未熟者の走りでタイムで上回る選手が続出となった。 (タツ)

教えてジェミー コンストラクティブ・レイズ(Constructive Raise)って何?

2/1のテキストを読み込んでいると、constructive raise という言葉が出現。解説は無いし初耳だったので調べたくなりました。物は試しとジェミーに尋ねたら、あらまビックリ。懇切丁寧に教えてくれるではありませんか。使えるヤツ!!ブリッジの調べものに大いに役立ちそうです。 ところで本当に正しいのでしょうねこれ。どなたかファクトチェックのコメントして頂けると助かる~。 (ポアロ --------------------------------------------------------------------------------------------- Q:コントラクトブリッジで constructive raise というのはどういう手ですか? ジェミー:  コントラクトブリッジにおけるコンストラクティブ・レイズ(Constructive Raise)は、パートナーの1レベルでのメジャー・スート・オープニング(1♥ / 1♠)に対して、 サポートカードと少し高めの点数を持っていることを伝えるレイズ です。 目的 : パートナーのオープンに対して、通常の「レイズ(2レベル)」よりもやや強めの手(Game Tryの余地がある手)であることを的確に伝えるため。 強さの目安 : 概ね 7〜10 HCP (または 8〜10 HCP) 枚数条件 : オープンされたメジャー・スートの 3枚以上 のサポート 通常のSimple Raiseとの違い Simple Raise (7〜10 HCPで2レベルへ) スタンダードなビディングでは、6〜9 HCP程度で幅広く2レベルにレイズします。 Constructive Raiseを採用している場合 2レベルへレイズ(Constructive) : 8〜10 HCP (または強い7 HCP)。「ゲーム(4♥/4♠)に行ける可能性が少しある」ことを示します。 1NTを経由して2レベルへ(Weak Raise) : 5〜7 HCP などの弱い手。パートナーに「無理にゲームを目指さずパスしてほしい」と伝えるためのレイズです。 メリット ゲーム(4♥/♠)の探求がスムーズになる オープナーはパートナーが「弱すぎる7点」ではないと分かるため、15-16 HCP程度の微妙な手でも自信を持ってゲームトライ(Game Try)を出...

第35回 中央区 鴨々川清掃運動(2026.9.6)に参加

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 第35回 中央区 鴨々川清掃運動(2026.9.6)に参加しました。 パンフレット 「鴨々川を清流にする会」主催のボランティア運動。私が参加するのは今回で3回目です。8月末の日曜日か、9月最初の日曜日に行われるのが決まりのようですが、今まで全て快晴。今回も爽やかな日和の中でゴミ拾いに浸ることが出来ました。 主催者、来賓の挨拶のあと、ラジオ体操。参加者は100人くらいでしょうか。画面真ん中あたりにいる胸まであるウェダーを付けたやる気満々の方々は、プラザ星園のお隣の消防署の隊員です。実際に川の中まで入るハードな作業を担当。 そして体がほぐれたところで各自火バサミとゴミ袋を持って出陣。札幌ブリッジクラブは、プラザ星園でのお向かいさんであるすすきの観光協会のKさんがリーダーを務めるD班に組み込まれています。担当する地区はジャスマックプラザから先の部分。 正味一時間ほど黙々と拾い続けた私の成果。 さすがに定期的に色々なボランティア清掃活動が行われているせいか、総じてゴミは少ない。来賓の中央区長のあいさつの中で「前任だった国際課で接する外国人から、札幌はゴミ一つ落ちていないとびっくりされる」と話されていたのは、国際的なスタンダードからするとその通りだと思う。でも地元の住民としては、この無数にあるタバコの吸い殻は何じゃいと言いたくなる。 最後に可愛い鴨の参加証とお茶のボトルを頂いて、無事終了。ボランティア参加の機会を与えて下さったスタッフの方々に感謝です。 (ポアロ) トリビア 豊平川、鴨々川、創成川の関係。鴨々川は豊平川から引き込んでいる分流で、創成川の上流にあたります。(同じ川ですが中島公園付近は鴨々川と呼ばれ、その先は創成川と呼ばれる)。創成川(旧大友堀)は開拓期には農業用水路でした。現在では、その役割を終え、排水路、冬の融雪機能、親水スペースとなっています。

教えてジェミー ブリッジトリビア その8 ジョセフィンとエリの離婚

 教えてジェミー ブリッジトリビア その8 ジョセフィンとエリの離婚 前項を読んだ方は、もやもやしませんでしたか?私は好奇心を抑えきれずつい訊いてしまいました。 (ポアロ) ----------------------------------------------------------------------------- Q:ジョセフィンとエリの離婚の理由は? ジェミー: ジョセフィンとエリの離婚の主な理由は、エリの「極端な仕事中毒(ビジネスへの没頭)」と、それに伴う「家庭の崩壊」でした。 2人の関係が破綻へ向かった具体的な要因は以下の3点です。 1. 24時間「ブリッジ漬け」のストレス 無職だったエリをプロデュースし、億万長者へと押し上げたのはジョセフィンでしたが、成功した後のエリは常軌を逸した仕事中毒になりました。 執筆、雑誌の編集、全国のインストラクターの管理、メディア対応、そして夜間の対局など、エリの生活のすべてがブリッジのビジネスに支配されていきました。夫婦でありながら、会話の内容は24時間ビジネスと戦術のことだけになり、プライベートな「家族としての時間」は完全に失われてしまいました。 2. エリの「完璧主義」と夫婦間の衝突 エリは完璧主義で非常に自己主張が強く、大衆の目を引くために常に神経を張り詰めていました。ブリッジのテーブル上でも、またビジネスの現場でも、意見の食い違いから2人の間に激しい口論や精神的な摩擦が絶えなくなっていきました。ジョセフィンにとって、この張り詰めた生活をこれ以上続けることは精神的な限界でした。 3. 「名声と富」による心のすれ違い 大恐慌の中で2人が必死に掴み取った名声と巨万の富でしたが、それが手に入ったときには、皮肉にも夫婦を結びつけていた「一緒に這い上がる」という共通の目的が消えていました。エリはさらに大きな野望(のちの平和運動など)へと目を向け、ジョセフィンとの心の距離は修復不可能なほどに広がってしまいました。 しかし、彼らが優れていたのは、「男女としての愛は終わっても、お互いの知性とビジネスパートナーとしての価値は100%認め合っていた」点です。 1938年に離婚が成立した際、ドロドロの裁判沙汰にはならず、財産やビジネスの権利は円満に分割されました。離婚後もジョセフィンは「カルバートソン」の姓を名乗り続け、...

教えてジェミー ブリッジトリビア その7 ジョセフィンとエリ

 教えてジェミー ブリッジトリビア その7 ジョセフィンとエリ 前項のジョセフィンとエリの関係、気になりますね。早速ジェミーに訊いてみました。 二人の肖像画   二人の写真 (ポアロ) ------------------------------------------------------------------------------- Q:ジョセフィン・ディロンがエリ・カルバートソンについて語った言葉と、二人の間のエピソードを教えて ジェミー: エリ・カルバートソンの妻であり、自らも世界最高峰のブリッジプレイヤー、そして理論家であった ジョセフィン・カルバートソン(Josephine Culbertson, 1898–1956 / 旧姓マフィー) 。 彼女はただの「王者の妻」ではなく、無職のギャンブラーだったエリの才能を見抜き、プロへと導いた真の立役者でした。彼女が語った言葉や、二人の映画のようなエピソードをご紹介します。 ジョセフィンがエリについて語った言葉 1. 「あなたには、これを『ビジネス』にする才能がある」 これは、結婚当初のジョセフィンが、ただの賭けトランプで日銭を稼いでいた無職のエリに放った、二人の運命を変えた最も有名な言葉です。 「あなたのカードの読み、そして人間の心理を見抜く力は天才的よ。でも、それをただのクラブのギャンブルで浪費するのは絶対に間違っている。あなたにはこのゲームのルールを書き換え、それを巨大なビジネス(プロフェッショナル)にする才能があるわ」 彼女のこの強い確信と励ましが、のちに全米を巻き込む「カルバートソン・システム」の誕生へと繋がりました。 2. 「私たちが離婚しても、ブリッジのパートナーシップだけは別よ」 1938年、二人は結婚生活にピリオドを打ち、離婚することになります。その際、彼女がビジネスパートナーとしてエリに告げた冷徹でプロフェッショナルな言葉です。 「私たちのプライベートな婚姻関係は終わった。けれど、私たちが作り上げたブリッジの帝国と、テーブルの上での完璧なパートナーシップは、何ひとつ変わる必要はないわ」 言葉通り、二人は離婚後も「カルバートソン」の姓を名乗り続け、雑誌『ブリッジ・ワールド』の共同編集やビジネスを、彼女が亡くなる1956年まで何事もなかったかのように続けました。 二人の間の象徴的なエピ...

教えてジェミー コントラクトブリッジとは その16 エリ・カルバートソン

 教えてジェミー コントラクトブリッジとは その16 エリ・カルバートソン アメリカをブリッジ大国たらしめた立役者エリ・カルバートソンが今回の主人公です。 動画カルバートソン対レンズ戦  (正面右がカルバートソン、左がレンズ、女性はジョセフィン、その右はジャコビー) (ポアロ) --------------------------------------------------------------------- Q:エリ・カルバートソンがコントラクトブリッジについて語った言葉とエピソードを教えて ジェミー: 1930年代にアメリカで空前のブリッジブームを巻き起こした主役、エリ・カルバートソン(Ely Culbertson, 1891–1955)は、ゲームの達人であると同時に、自らを「大衆心理の演出家」と称した天才的なプロモーターでした。 彼が残した言葉や、ブームを加熱させた規格外のエピソードをご紹介します。 エリ・カルバートソンの言葉 1. 「機械的な知識だけでは、マスターにはなれない」 “The sum of all technical knowledge cannot make a master contract player… To become a member of the upper crust calls for more, much more — Resilience, imagination, occasional flashes of inspiration.” (すべての技術的知識を足し合わせたとしても、ブリッジの達人にはなれない。一流の仲間入りをするには、もっと多くのものが必要だ。それは回復力、想像力、そして時折きらめくインスピレーションである) 彼は初心者向けにわかりやすい「カルバートソン・システム」を作って売る一方で、本質的にはブリッジを単なる数理ゲームではなく、「想像力と心理戦が火花を散らす芸術」だと考えていました。 2. 「すべてのブリッジとチェスのプレイヤーは、少し狂っている」 “All bridge and chess players are slightly cuckoo.” 自身もブリッジの前にチェスに没頭していたカルバートソンは、四六時中カードや盤面のシミュレーションに頭を悩ませ、ゲームの深淵に取り憑かれていく...

教えてジェミー ブリッジトリビア その6 ブリッジ大国アメリカの誕生

 教えてジェミー ブリッジトリビア その6 ブリッジ大国アメリカの誕生 前項で、アメリカでブリッジが大爆発的に普及したのは1930年代と言うくだりをもっと知りたくなりジェミーに訊きました。 (ポアロ) -------------------------------------------------------------------- Q:1930年代、アメリカでコントラクトブリッジが大爆発的に普及したのはなぜ? ジェミー: 1930年代のアメリカでコントラクトブリッジが大爆発的に普及した背景には、「世界大恐慌」 という暗い社会情勢と、 「一人のカリスマによる天才的なマーケティング」がありました。 主に以下の4つの理由が重なり、社会現象となりました。 1. 「お金のかからない最高の娯楽」だった(大恐慌の影響) 1929年の株価暴落に始まる世界大恐慌により、アメリカ国民は映画や演劇、旅行といった有料のエンターテインメントを楽しむ余裕を失いました。 そんな中、ブリッジは「トランプ1個と紙とペンさえあれば、自宅で4人で何時間でも安上がりに遊べる」ゲームとして最適でした。失業や減給で不安な夜を過ごす人々にとって、知的でスリリングな没頭感を与えてくれる最高の現実逃避だったのです。 2. 天才マーケター「エリ・カルバートソン」の登場 普及の最大の立役者は、エリ・カルバートソン(Ely Culbertson)という人物です。彼はブリッジの理論家であると同時に、希代のプロモーターでした。 「カルバートソン・システム」の確立: それまで複雑だったルールやビッド(宣言)の方法を簡素化し、初心者でもわかりやすい教科書的なシステムを作りました。 メディアの天才: 雑誌『ブリッジ・ワールド』を創刊し、新聞のコラムを連載。さらに全米に何千人もの「公認インストラクター」を育成し、マスコミを巻き込んでブリッジを「今最もトレンディな社交のたしなみ」として演出し続けました。 3. 全米が熱狂した「世紀のブリッジ対決」(1931-1932年) カルバートソンは、自分のシステムに異を唱えた別の達人シドニー・レンズと、1931年末から約1ヶ月にわたる「世紀のブリッジ対決(Culbertson-Lenz Match)」を企画しました。 この対決はラジオで生中継され、新聞のフロントページで連日スポ...

教えてジェミー ブリッジトリビア その5 ポートランド・クラブ

 イアン・フレミングが会員だったという名門ブリッジクラブ、ポートランドクラブは初耳だけれど一体どういうものだったたんだろう?と疑問が湧いたのでジェミーに訊きました。 なお現存地については、「ポートランド・クラブは、その長い歴史の中で何度か移転を行っていますが、2014年以降はロンドンの名門紳士クラブが集まる一等地「ペル・メル(Pall Mall)」にある別の伝統あるクラブ、アーミー・アンド・ネイヴィー・クラブ(Army and Navy Club / 通称 “The Rag”の建物を間借りする形で拠点を置いています。」との回答でした。 (ポアロ) ------------------------------------------------------------------ Q:ポートランド・クラブ(Portland Club)がどんなものだったのか、また関係するエピソードを教えて ジェミー: ロンドンにあるポートランド・クラブ(The Portland Club) は、世界中のブリッジプレイヤーから 「ブリッジ界のバチカン(聖地)」と称される、世界最古にして最も権威あるカードプレイ(トランプ)専門の紳士クラブです。 1814年に創設されて以来、200年以上にわたりイギリスの上流階級、政治家、貴族、そして知的なエリートたちの社交場として機能してきました。 このクラブがどのような場所だったのか、その凄さと歴史的なエピソードをご紹介します。 ポートランド・クラブとはどんなもの? 1. 世界の「ルール」を決める絶対的な権威 このクラブが「聖地」と呼ばれる最大の理由は、 コントラクトブリッジ(およびその前身であるホイストやオークションブリッジ)の「世界共通ルール(国際法)」を策定・管理してきた場所 だからです。 1895年に世界で初めてブリッジの公式ルールをコード化(明文化)したのがこのクラブでした。現在でも、カジュアルな対戦形式である「ラバーブリッジ」の公式ルールは、このポートランド・クラブが全英および英連邦(コモンウェルス)の最高権威として管理しています。 2. 徹底された「静寂」と「高い格式」 映画に登場するような典型的なイギリスの「紳士クラブ(Gentlemen's Club)」であり、会員になるための審査は極めて厳格でした。 クラブ内では大声での会話や...

教えてジェミー コントラクトブリッジとは その15 イアン・フレミング

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その14から続く  教えてジェミー コントラクトブリッジとは その15 イアン・フレミング みんな大好き007のイアン・フレミングです。サマセット・モームとの交友があったとは知りませんでした。 (ポアロ) ------------------------------- Q:イアン・フレミングがコントラクトブリッジについて語った言葉とエピソードを教えて ジェミー: 『007』シリーズの生みの親であるイアン・フレミング(Ian Fleming, 1908–1964)もまた、非常に冷徹で計算高い、洗練されたコントラクトブリッジのプレイヤーでした。 第二次世界大戦中にイギリス海軍情報部(MI6の前身など)でスパイ作戦に関わっていた彼は、ブリッジを「極限の心理戦」として捉えており、その経験と愛着は小説『007』の世界にも色濃く反映されています。 イアン・フレミングの言葉 1. 「ギャンブルのなかで、ブリッジだけが『知性の聖域』である」 フレミングはカジノのバカラやルーレットなども愛したギャンブラーでしたが、ブリッジに対しては別格のリスペクトを抱いていました。 「ルーレットやサイコロは単なる運や確率の奴隷だが、 ブリッジだけは『自分の知性、記憶力、そして相手の嘘(ブラフ)を見破る心理戦』で運を支配できる。 だからこそ、最もエキサイティングで気高いのだ」という趣旨の言葉を遺しています。 2. 「カードの切り方を見れば、その男が信用に足るスパイ(あるいは悪党)かどうかがわかる」 彼は「ブリッジのテーブルは、人間の隠された本性や『冷酷さ』が最も美しく、あるいは醜く露呈する場所だ」と考えていました。緊迫した局面で、相手を騙すためにどのようなリスクを取るか、その一挙手一投足にスパイ小説のインスピレーションを得ていました。 スパイ作家ならではのエピソード 1. 007の傑作『ムーンレイカー』での「伝説のブリッジ対決」 フレミングのブリッジ愛が最高潮に達しているのが、小説『007 ムーンレイカー』です。物語の前半、ジェームズ・ボンドはロンドンの超名門紳士クラブ「ブレード・クラブ」に呼び出されます。目的は、産業界の巨頭であり実はナチスの残党である悪役ヒューゴ・ドラックスが、ブリッジでイカサマ(リフレクションと呼ばれる、タバコケースの反射を使って相手の手札を見る手口)をして勝ち続けてい...